当院前立腺癌治療の新しい幕開け
2018年8月吉日
1.市民公開講座への参加御礼と前立腺癌サイバーナイフ治療開始のご案内
★市民公開講座の御礼
本年5月19日に北九州市小倉北区で、サイバーナイフ治療を中心とした市民公開講座を開催しました。この日には300名を超える多くの方々が福岡市や山口県からのご参加いただきましたこと。この場を借りて厚く御礼申し上げます。この中で前立腺癌については、これまで当院で実施してきたIMRTや小線源治療と比べ、サイバーナイフ治療の位置づけについて解説いたしました。
★サイバーナイフ治療導入
この度、当院がん治療センターでは、本年7月より前立腺癌に対する動体追尾照射によるサイバーナイフ治療を開始いたしました。
体幹部癌(肺癌、肝癌、前立腺癌)に対するサイバーナイフ治療の特徴は、①腹圧で移動する臓器に対しては、あらかじめ体内に留置した金マーカー(留置については約14万円の保険負担)を目印とした正確な動体追尾照射が治療中リアルタイムに実施可能となること、②放射線のビームは従来の治療とは異なり、側方だけでなく、360°あらゆる方向から放射線を照射することで、周辺臓器の放射線量を低減しながら、癌に対しては従来よりも高い線量照射ができること、であります。小線源治療は、前立腺内の線源カプセルから周囲5㎜に強い放射線が直接出ますので、周辺臓器の放射線量を抑えた線源配置をすることで、通常の外照射療法よりも高い線量で治療できるのが特徴です。このことから考えますと、サイバーナイフ治療とは、外照射療法でありながら、小線源治療に近い治療法と考えられます。
★治療にかかる日数
本邦での前立腺癌外照射療法では、下表のように治療日数が長くかかるのが一般的でした。粒子線治療の炭素線治療では、外照射療法でも4週間と短くなりましたが、サイバーナイフ治療では小線源治療に近い、さらに短い5日間連続照射で終了いたします(1回治療時間は25分程度)。
小線源治療は、内照射療法ともいわれ、1回の複数の放射線カプセル挿入のみで治療は終了しますが、その後1年間、持続的に前立腺に放射線が放出されることが、これまでの治療成績を向上させてきました。
治療方法 | I M R T 陽子線治療 |
炭素線治療 | 小線源治療 | サイバーナイフ治療 |
照射回数 | 38回 | 12回 | 1回 (1年間放出) |
5回 |
治療日数 | 8週間 | 4週間 | 4日間 | 5日間 |
★サイバーナイフの治療成績
これまでサイバーナイフ治療の米国の5年間治療成績(PSA再発率)では、低リスク群、中リスク群では、IMRTや小線源治療と同等と報告され、日本泌尿器科学会2016年前立腺癌診療ガイドラインでも、低、中リスク群については、従来法を置換できると認められています。ですから、当院では低、中リスク群の患者様を治療適応としております。高リスク群や、局所浸潤癌(T3)については、トリモダィティ(IMRT+小線源治療+ホルモン療法)の治療成績の方が優れておりますので、当院ではこの患者様にはこちらを推奨しております。
当院のサイバーナイフ治療は、導入後、欧米の成績と同等以上に向上させるよう、がん治療センター一同努力して参ります。
★治療に伴う副作用
前立腺癌放射線治療での有害事象には、排尿困難などの排尿障害と、下血などの直腸障害が知られています。これについては、米国の報告(Dose escalated robotic SBRT for Stage I-II prostate cancer: Frontiers in Oncology, 2015)にまとめられています(下表および図)。従来の3D-CRTと陽子線以外の治療法(当院実施可能なIMRT、小線源治療、サイバーナイフ治療)では、晩期有害事象の直腸炎はいずれも5%以下で少ないといわれています。排尿症状は排尿困難や尿意切迫感ですが、いずれの治療法でも一過性で、その後改善します。しかしその頻度は、小線源治療や陽子線、3D-CRT治療に多く、次いでIMRT、そしてもっと少ないのがサイバーナイフ治療とされています。ですから、サイバーナイフ治療とは、これまでの治療法と比較して、有害事象が少ないのが最も特徴といえます。
治療方法 | 3D-CRT | IMRT | 陽子線治療 | 小線源治療 | サイバーナイフ治療 |
排尿障害 | 12-39% | 15% | 22% | 23% | 5-10% |
直腸障害 | 25‐32% | 5% | 20% | 5% | 5% |
★当院での前立腺癌放射線治療の適応
IMRT | 小線源 | 併用療法 (IMRT+小線源) |
サイバーナイフ | |
治療対象 | すべてのリスク群 | 低~中リスク群 | 中、高リスク群 | 低~中リスク群 |
治療期間 | 8週間 | 4日間 | 5週間+4日間 | 5日間 |
照射期間 | 2ヶ月間 | 1年間 | 1ヶ月+1年間 | 5日間 |
麻酔 | 不要 | 腰椎麻酔 | 腰椎麻酔 | 不要# |
前立腺重量 | 制限なし | 40ml未満 | 50ml未満 | 制限なし |
ホルモン治療 | 中リスク群:6か月 高リスク群:2年 |
中リスク群:6か月 | 中リスク群:6か月 高リスク群 T3:1年 |
中リスク群:6か月 |
# 金マーカーとSpaceOAR留置には麻酔を致します。
2.前立腺癌放射線治療時の直腸炎予防のためのSpaceOAR(水溶性保護ジェル)使用開始
☆2018年6月に前立腺癌の放射線治療の際に、直腸炎の発生を低減できる新しい水溶性ジェルが保険適応になりました。このジェルはSpaceOARと呼ばれ、前立腺-直腸間に注入・留置すると体内に3-6か月間とどまって直腸と前立腺を約1.0㎝離してくれます。その後は自然に体内で吸収されて消失する特殊なジェルで、留置に伴う痛みや感染症併発は極めてく少なく、直腸炎を予防するだけでなく、治療後の性機能温存にも有効であることが証明されています。
☆当院では、この薬剤が保険収載されるに先立って、2018年4月より院内製品説明会、施設見学(昭和大学江東豊洲病院)に続き、院内での実施シミュレーションなどから、2018年7月31日にAugmenix社よりSpaceOARのAppliere Training認定許可を受けております。
前立腺がんの患者様で、当院で放射線治療をお受けになる場合には実施可能となっており、サイバーナイフ治療の患者様には全例実施予定です。またIMRT、小線源治療においても保険適応で、ご希望に応じて実施します。
☆ジェル注入時期については外照射療法と小線源治療では異なっていまして、IMRTとサイバーナイフ治療では、治療計画前に留置し、小線源治療では治療終了直後に実施となります。この理由は、ジェル注入後の線源挿入が困難と予想されているからです。
治療法 IMRT、サイバーナイフ治療 小線源治療
留置時期 治療計画前
留置後、約1週間で治療計画検査 小線源治療終了時
(留置後の小線源治療は困難)
治療法 | IMRT、サイバーナイフ治療 | 小線源治療 |
留置時期 | 治療計画前 留置後、約1週間で治療計画検査 |
小線源治療終了時 (留置後の小線源治療は困難) |
この薬剤の価格は保険適応ですが、19,2000円となっております。放射線治療の費用と合わせますといずれの治療法で使用しても高額医療の対象となります。
参考HP:https://www.spaceoar.com/
3.当院受診について
当院ではこれまで前立腺癌の根治放射線治療には、外照射療法のIMRT、小線源治療、およびこの両社の併用療法(トリモダリティー)で、10年間に1000例の治療を終了しております。このほか、①外照射療法後の前立腺局所再発に対する救済小線源治療や、②骨転移疼痛緩和の外照射療法と③メタストロン治療、④去勢抵抗性前立腺癌骨転移のゾーフィゴ治療を実施しております。さらにリンパ節転移では、⑤化学療法併用放射線治療も実施しております。このほか去勢抵抗性前立腺癌に対する化学療法はドセタキセルとジェブタナ、内服治療はイクスタンジ、ザイティガ投与を行っておりますので、当院の治療希望がある患者様は、地域連携室を通じて、ご相談ください。
文章責任:泌尿器科部長 山田 陽司